事例)X は障害者になって障害者手帳が交付された場合に一時金が交付される生活保障を目的とする保険(生活障害保険)に加入した。保険契約をした日から3ヶ月後に医師により特定の疾患があると診断され、障害者手帳を交付されたにもかかわらず、保険会社からは給付を拒否されている。
依頼者は複数の同じような保険契約をしており、保険会社はこの点も問題としている。この保険契約について、重大事由解除が認められることがあるか。
判例・論文・約款資料を総合すると、重複加入が重大事由解除に該当するかの判例上の基準は次のように整理されます。
Ⅰ 法的枠組みと理論的基礎
1. 保険法86条3号の包括条項
「保険者の信頼を損ない、契約の存続を困難とする重大な事由」にあたるかどうかが核心であり、この「信頼関係破壊法理」に基づいて判断されます。
2. 重複加入解除条項の位置付け
重複加入解除条項は、保険法86条3号の具体化条項であり、単なる重複加入の事実だけで解除を正当化するものではなく、契約存続を困難とする程度の信頼関係破壊が必要です。
Ⅱ 判例上の判断構造(総合考慮)
各裁判例は、次の諸要素を総合的に考慮して重大事由該当性を判断しています。
| 判断要素 | 内容 | 判例例示 |
|---|---|---|
| ①重複加入の程度 | 給付日額や保険金額の合計が社会通念上「著しく過大」かどうか。 | 東京地判H28.3.3(入院日額7.6万円=平均の6.9倍)、東京地判R4.4.15(先進医療費128万円に対し給付合計662万円) |
| ②加入の態様(短期集中加入) | 短期間に多数契約を締結しているか。 | 札幌高判H27.10.29(1年で13契約)、宮崎地判H31.1.17(8社加入) |
| ③経済的合理性 | 保険料負担・収入・生活状況に照らし合理的な加入動機があるか。 | 宮崎地判H31.1.17(月掛金8.6万円、収入不明で合理性欠如) |
| ④モラルリスク(不正意図) | 過去の不自然な保険金請求、虚偽説明、軽症で長期入通院など。 | 宮崎地判H31.1.17(短期間で多数事故・虚偽説明)、札幌高判H27.10.29(給付総額1217万円に対し保険料171万円) |
| ⑤信頼関係破壊の程度 | 上記事情を総合して契約の存続を困難とするか。 | 各判決とも信頼関係破壊の有無を最終判断として採用 |
Ⅲ 主要判例の共通傾向
- 東京地判平成28年3月3日(共済と保険2018年4月号)
入院給付日額7.6万円(平均の約7倍)→「制度目的に反し、重大事由解除有効」。
→過大累積自体を重視。 - 宮崎地判平成31年1月17日(共済と保険2020年1月号)
8社重複・掛金月額8.6万円・高額保険金請求→「信頼関係破壊」。
→収入不明・虚偽説明などモラルリスク重視。 - 札幌高判平成27年10月29日(共済と保険2021年7月号)
13社加入・給付日額10万円超→「保険法57条3号に該当」。
→経済的合理性の欠如+射倖性の過大を重視。 - 東京地判令和4年4月15日(先進医療費特約重複)
6社重複、実費128万円に対し給付662万円→解除有効。
→「実費補償型保険の趣旨に反する」ことを理由。
Ⅳ 学説の整理
| 立場 | 内容 | 代表論者 |
|---|---|---|
| 積極説 | 「著しい重複加入」それ自体で信頼関係破壊にあたる | 山下典孝、宮根宏一、嶋寺基 |
| 消極説 | 重複加入のみでは足りず、意図的不正や不自然加入等が必要 | 笹本幸祐、山本哲生 |
| 中間説(実務) | 給付の過大性+経済的合理性欠如+モラルリスクを総合考慮 | 遠山聡、坂本貴生 |
Ⅴ 約款上の位置づけ
約款第36条は、
- 「他の共済契約等との重複によって…目的に反する状態」
- 「他契約の重大事由解除により信頼を損なう場合」
- 「信頼を損ない契約の存続を困難とする重大な事由」
を解除事由と明記しており、
一般の保険法86条3号を反映した構造になっています。
Ⅵ 総括(判例基準の要約)
重複加入が重大事由解除に該当するかの判例基準
- (1) 重複による給付金合計が著しく過大で社会通念上不相当であること
- (2) 経済的合理性を欠く短期間の集中加入であること
- (3) 保険金請求や加入経緯にモラルリスクを示す事情があること
- (4) 以上の結果として、保険者・共済者との信頼関係が契約の存続を困難とする程度に破壊されたと認められること
この総合判断により初めて重大事由解除が有効とされる。
結論:
単なる重複加入ではなく、「著しい過大性」+「不自然な加入・請求態様」+「経済合理性の欠如」を伴い、保険者との信頼関係が破壊されたと評価できる場合に限って、重大事由解除が認められるというのが、現在の判例・学説の共通基準です。
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