下請法という法律があります。正式名称は「下請代金支払遅延等防止法」というもので、昭和31年制定ということですから案外と歴史のある法律です。
下請事業者となるのは一般に規模の小さい中小あるいは零細企業であり、他方で下請事業者に発注する事業者は「親事業者」と呼ばれますが、より大手の企業であることが多く、両者に力の差があることが想定されます。
力の差があることにより、親事業者が下請業者に無理難題を言って、コスト削減のために代金を不当に減額したり、代金の支払いを遅らせたりといった「下請けいじめ」をすることがありえます。
民法が想定する世界は、ヨーロッパやアメリカの近代市民社会と呼ばれる時代(だいたい18世紀から19世紀ころ)の考え方がベースになっている世界であり、「私的自治」あるいは「契約自由」が原則だとされています。
つまり、どのような契約を、誰と結ぼうが自由であり、契約内容は自分で決めることができる、というものです。
さらにこの「私的自治」という考え方の背景には、私人と私人(民間と民間)の契約には国家は介入すべきではない、という発想もあります。
経済学でいう自由放任とか、レッセ・フェールという考えに近いといえます。
そのほうが経済が発展するはずであると。
その前提となっているのは、契約を結ぶ当事者は対等・平等であり、かつ、どのような内容の契約を締結するかについて十分に判断できるはずだ、という考え方です。
不当な代金減額や支払の遅延をするような取引先とは契約をしなければいい、より有利な条件を提示するほかの取引先を探せばいい、ということになります。
そうはいっても、20世紀あるいは21世紀の現代社会ではなかなかそうは行きません。
親事業者と下請事業者との間にはまず現実に大きな力の差が存在することが多いといえます。
東証プライムに上場している大企業が親事業者となり、地方の町工場が下請事業者となっているような場合を考えてみてください。
大手の発注元から発注を受け、これからも発注を受けることを期待している下請事業者としては、多少の無理難題は受け入れるよりほかない状況は生じえます。
また、その町工場はその大手発注元からの仕事がほとんどで、それ以外の受注先がないような場合もあります。
このような力の差がある場合に、力のある側の要求があまりに不当な場合については、民法の原則を修正して、民間の契約に国家が介入し、力の弱い側を保護しよう、というのが下請法の考え方といえます。
第1条では「下請事業者の利益を保護し、もって国民経済の健全な発達に寄与することを目的とする」と規定されています。
そのような下請法が令和7年5月に改正されました。
名前も「中小受託取引適正化法」(「取適法」というのが略称のようです)と変わり、下請法時代の「親事業者」「下請事業者」という呼び方についても「委託事業者」「中小受託事業者」に変えられます。
これは「下請」という言葉自体が、まるで委託する側が上位にあって、受託する側の立場が低くなることを認めているかのような印象を与えるため、ということです。
下請法改め取適法による規制内容(義務あるいは禁止される行為)はといえば、実は、従前からそれほど大きな変更はありません。
契約内容や代金、代金の支払日を明確に規定した契約書(「3条書面」と呼ばれます)の交付が必要であるとか、代金の支払日は目的物の受領から60日以内としなければならない(「60日ルール」と呼ばれます)といった点は改正前と変わりはありません。
もちろん不当な代金減額や支払遅延なども禁止されます。
改正内容で重要だと考えられるのは、中小受託事業者が価格交渉を申し入れた際に、委託事業者が協議に応じないなど、一方的に代金を決める行為が「禁止項目」に加えられたことです。
さらに実務的に影響が大きいのではと考えられるのは、「事業所管省庁に指導・助言権限を付与」するという点(公取のパンフより)でしょう。
「事業所管省庁において、指導及び助言ができるようになる」のだということです。
多くの業界にはその分野で事業を行うことの許認可の権限を有する「監督官庁」となる役所があり、許認可申請や届出をしたり、指導を受けたり、場合によっては業務停止命令や許認可取消などの処分を受けることもありうる、という関係があると思います。
法律相談を受けていると、これまで下請法や独占禁止法に関しては何も言ってこなかった省庁から急に調査や指導が入るようになった、というケースがあります。
これはその省庁に新たに権限が付与されることになったためと考えられます。
そのような調査や指導が入って初めて、日々の取引において実は取適法の適用があり、義務項目や禁止項目に抵触していないかのチェックが必要になることがわかった、ということがありえます。
改正下請法もとい取適法の施行は令和8年1月からですので、この機会に、取引先との取引内容をリストアップして、取適法との関係で問題がないかチェックしてみてはいかがでしょうか。
結構大変な作業になるかもしれませんが、前身となる下請法の制定の目的や経緯などを思い出していただき、社会的な意義のある、必要なものなのだと考えてみてください。
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